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不埒

まっすぐ立ってフラフラ歩きたい

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SBR総括

今更。

あれは荒木飛呂彦なら何でもアリの物語なので、不満や文句があるなら読まなきゃいい世界なのですが、それでもあのラストはちょっと「?」だった。
それが何でなのかずっとわからなかったんですが、今わかったかも。

読み終わった時、「作者はこれでいいのかな?」と思った。だっていつもは「正義とは」みたいな結論がつくのに、今回はなかったから。青年誌だったこともあって、映画的で解釈の余地を残す終わり方を選んだのかなとも思えたし、それはそれで全然不満はないんですが、作者はそれでいいのかなーって。というか、何が言いたかったのかなって。
例えば、大統領戦後にそのままレースも終わってジョニィがジャイロを故郷へ連れていくのなら、解りやすかった。全編通しては、帰るべきところに帰る、ってことでしょ。ジャイロの存在によって再び立ち上がれたジョニィが、彼を故郷に帰してあげる。そういう話。それなら、最終的な解釈は読者に委ねられているとしても、充分理解できる。
でもなあ、Dioが入ってきちゃうとなあ。Dioはもう、ルーシーが遺体を所有するために再登場したってことで納得しとけばいいのかな? まあ、別にいいけど。
ウェカピポとホットパンツは多分作者的にあれでいいんだろうなと思えるんだけど、なんでDioをわざわざ平行世界から引っ張ってきてまで再登場させたのか、その意図がわからない。ザ・ワールドをどうしても描きたかったのかな? それならそれでいいんだけどな~。そのせいでテーマがぼやけることになったとしても、作者がそういうつもりなら全然構わないんだけどな~。
わたしにとってジョジョは、作者の意図を読み取るという娯楽みたいです。自分が納得できるかとかどんな展開を望んでるかなんてのは二の次三の次!

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