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不埒

まっすぐ立ってフラフラ歩きたい

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騙されて、梅雨。

とうとうワールドカップが始まってしまいましたね。お陰でしばらく美容院へはいけません。ワールドカップ期間だからって、とりあえずその話を振ってこられるのがとっても嫌です。
にわかファンはサッカーの話をしてはいけないって法律がほしいわ。「どこ応援してますか」程度の話題の何が面白いんだ! サッカーの話をしたいならすればいいよ。別にいいよ。「僕前回までは現地へ見に行ってたんですよ」とか、「高校のときサッカー部だったんで」くらいの話があるならどんどん振ってこいよ!

そんな中、ジョージはとうとう3号連続で竜馬の話をしてしまいました。竜馬っていうか、竜馬の死後のおりょうさんの話だけど。
渋沢先生を勝手に竜馬に信頼されてる人にしてしまっていいのか。そんな勝手な設定を、しかもあれだけの長期連載で急に。しかも主人公そっちのけで展開していいのか。多分今週(月2ですが)号、浮浪の旦那出てねえよ!
竜馬のプロポーズのエピソードも、何であんな勝手に仕立て上げてしまうん? おりょうさん夜な夜な江戸の町で大砲ぶっ放すような女でええのん? ジョン万次郎が刺客に狙われながらもおりょうさんに命を懸けて渡したのがアイスクリームの作り方でええのん・・・?
いいけども!! わたしは信者だからいいけども!!

ジョージの漫画は、大人だましだと思う。大人だましって何だよって言われたらうまくは説明できないけども、例えばキン肉マンは子供だましだと思うわけ。そしてラノベはきっとオタクだまし、黒木瞳のドラマは主婦だまし。そんな風に言ってしまうと、どんな作品も何かだましかもしれないですけどね。
そういう分け方で、ジョージの漫画は大人だましだと思うわけです。
もっと騙されたい!! 騙して!!

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なぜ

何故誰も言わないのか。
北斗の拳はブルース・リーのパクリだと。
阪神の金本はTKOの木下に似ていると。

そういう週間

みんながどれだけこのブログを見たいのかわからないので普通に更新半停止してますが、もし「もっと書いて!」みたいなのがあればその旨メールにしたためるといいよ!
という週間にしてみよう。うん。
実は書くこともないでもないし。

同人界隈の誉める前提のメールが嫌いなので、殆ど俺のそばに近寄るなブログですが、何か言いたいことあったらオールオッケーなんですよ、このブログは。

ルーティン

<追記>アマゾンリンク増やしたので続きに入れました。</追記>


「波打ち際のむろみさん」 (名島啓二/講談社)

最近この漫画が好きです。少年漫画では今一番毎週楽しみにしている漫画かもしれない。
ものすごくまったりした、1話10ページないくらいの漫画です。個性的で絶対おかしいに違いない人が至極真っ当な子と絡んで、毎回意外に真っ当に〆てくれる。ヘンなくせに真っ当なこと言うのが大好きです。安心感と単純なかわいらしさに癒される漫画です。
これ読んでちょっと、萌え系日常4コマとかが流行るのがなんとなくわかった気がする。

わたしは癒されたいのだ。癒してくれる漫画がほしいのだ。いつもそこにいてくれるみたいな漫画が、今、足りないのだ。そう、ずっと寂しかったんです。
そういう漫画が一番いいとか一番好きとかいうわけではないんだけども、そういう漫画がないと日々が寂しい。
毎週読みたい漫画って、2種類じゃないかと思うんですけど。とにかく次(先でなく)が気になるか、毎週そこにいてくれる安心感がある漫画。そういう漫画がないから、最近のジャンプは別に読まなくていいかなと思う。もしかすると最近雑誌の売り上げが落ちてるていうのは、そのせいもあるんじゃないかと思う。
最終的にどうなるかじゃなくて、次、すぐ次がどうなるか気になって仕方ない漫画。そして、毎週読めて安心させてくれる漫画。そういうものが足りなくないですか最近。単行本で読めばいいみたいになってませんか。まとめて読まないと面白さがわからなかったり理解できなかったり。
別にいいんだけどさ。単行本売れたほうがいいんだろうし。それはそれで面白いし。
でも、市場は広がらないですよね、多分。新人を育てる土壌がなくなるし。別にいいけどさ。そんなことを心配したいわけじゃないしさ。

結局、寂しいんですよ。毎週気になるものがないと。そんで次の展開が気になる漫画は隔週とはいえ青年誌(スペリオールとか)にあるからまだいいんだけど、いつもそこにいてくれるような癒し漫画が、ここの所わたしには足りなかったんです。「でろでろ」と「アゴゲン」が終わってから、なかったんです。そこに現れてくれたのがむろみさんでした。
ものすごくかわいいのですが単行本で最初から読むように勧めるほどの漫画ではなく、マガジン毎週読んでたらいつの間にか気になってたみたいなのが理想の読み方です。多分そういうとこに、こういうジャンルが流行らない(出版社が押さない)理由があるんだと思うんだけど。金にならないからね。
ジャンプだったら早いうちに打ち切られそうな漫画を、毎週載せてくれる週マガがわたしは好きです。そういう金にならない部分もさあ、世の中にはないと寂しいじゃないのよ。

最後に、その他わたしの癒し漫画を挙げておきます。

〔あまりに多いので続きに〕

女は胴回り

http://2r.ldblog.jp/archives/3239590.html
わかった。私本当に後藤真希の体が好きなの。あの胴回りがたまらなく好きなの。
写真集持ってるしな。
これ買うわ。この雑誌買うわ。

ろんり

最近ものの考え方が論理的でない人に腹が立ちます。
1年ほど前までは、論理論理ってうるさい奴らが大嫌いだったんだけど、そいつらはそいつらで今も嫌いで、且つ、論理的思考ができない人にも腹が立つようになったということです。お前ほんと世の中に気に入らんもん多いな!

論理的って、まずは前提をはっきりさせるってことでしょ。そしてそれに則って論なり思考なりを展開するってことでしょ。そういう基本でいいの。前提によって論理なんて変わるんだから、その内容の是非を問いたいんじゃないの。それはそれなの。ただね、前提をはっきりさせて話してくださいよ、考えてくださいよ。それをお願いしたいの。そんでそこから導かれた結論は、あくまで最初の前提ありきのものだってわかっといてほしいの。
次にね、「AならばBである」という条件から、「AでなければBでない(裏)」やら「BならばAである(逆)」を勝手に真にしないでほしいの。それ違うから。これ、大人でも解ってない人が結構いて、説明しても解ってくれなかったりして(私の説明がまずいのかもしれないけどね)、高校生が必死でこれを覚えてたりして(覚えるまでもねーよ当然だよ!!)、わたし子供のころからずっとずっとイライラしてたのね。今でもずっとし続けてます。
もうひとつね、対照実験の結果をちゃんと整理してほしいの。仮に、条件x、yがあって、1.xのみを満たすサンプル、2.yのみを満たすサンプル、3.xとyともに満たすサンプル、4.xもyも満たさないサンプルという4パターンのうち、1と3のみで反応が出たら、それは条件xによるものかもしれないって判断しようよってこと。また、3だけで出た反応の原因をxだけのせいにしないでよってこと。勝手な思い込みで原因を最初から決めつけて判断する人の多いこと。

総合すると、方向性は決めないといけないよね、そこから出た結果はちゃんと受け止めて整理しましょうねってこと。
それだけのことなのでほんとそこんとこ頼みますわってこれ誰に言ってんだよっていうと身内に言ってんだけどね。言っても仕方ないからここで言ってんだけどね。

わたしがよく「そもそも」だの「あえて」だのって言葉を使うのは、前提を確認したいからだと思います。
口癖って、そういうの出るよなあって思う。「要するに」って言う人の話が往々にして要されていないのは、要したい気持ちがあふれてるんだろうな。要せないからこそ要しようとして要するにって言っちゃうんだろうな。
という風にわたしには、勝手に人の語り口調からも情報を集積して人となりを分析したりするという悪い癖があります。

全然関係ないけど、ワンピース日記とかドラゴンボールZ改日記とかを別につけたい気持ちがふと沸いてきた。新たな情報を書き加えていって推論を建てて検証するような日記。需要ねえ!

BL

BLっていうのは、愛されたい人のためのジャンルなんじゃないかと思った。
そんなわたしにとってBLとは、

「同棲愛」(水城せとな/リブレ出版)
これ一択です。
何と復刊されましたよ。喜び勇んで買い揃え読み返しているところですよ。万歳!!

わたしの愛されたいが間違いなく詰まっている漫画でした。ああ、あの頃のわたしって愛されたかったんだなあ。こんな風にに愛されたかったんだわ。
BLは或いは、許されたい人のためのジャンルなのかもしれません。もしくは、許したい。自分で自分を許したい。認めたい。認められたい。自分の存在を。

そうじゃないのかな? BLといっても色々あるかもしれないけど、BLのBLらしさってそういうところじゃないのかな? BLでなくてはならない理由って、それじゃないのかな?
結局のところ熱狂的に人気のあるBLって、そういう作品のような気がする。でなければ、エロ的価値?

考えてみれば、わたしは実はそんなにたくさんBL読んでない。作品名も作者名もほとんど出せない。高河ゆんは入り口だったけど、あの人実はBLの人ってわけではないね。尾崎南は一時ハマったなあ。茶屋町勝呂さんは好きだったけどあの人BL雑誌に描いておきながら内容はそうでもないんですよね。
で、最終的にはこの「同棲愛」。水城せとなですね。BLで好きな作家っていうと。最近のは読んでないけど。
水城せとなの90年代あたりの作品こそが、まさにわたしの愛されたいであり認められたいであり認めたいであり許したい許されたいです。今、読みながら当時の自分を振り返って客観的に痛感する。

あの頃のわたしはきっと心底愛されたかった。そしてアイデンティティを確立したかった。その時の等身大の自分を受け容れられず否定して、でも違う何かになるまでの空白が怖かった。今のまま端っこに寄りかかっていられればそれはそれで楽なんだもの。
普通と呼ばれる列に並びたかったけど、立ち方がわからなくて不安で怖かった。嫌いであってもその時現在の自分が、既にアイデンティティになっていて、それを捨てることも怖かった。
愛されたくても今の自分で好きになれない自分を愛されてもそれでは駄目なんだけど、否定されるのも変われと望まれるのも受け容れられない。
そういうお年頃だったわたしは、恥ずかしいことに?光太郎に自分を重ねまくって読んでいたわけです。終わらない自己嫌悪の中でも自己嫌悪だけに溺れられるほど強くなかったので、自尊心をも同時に満たそうとしていたわけですね。ああもうほんとにもうめんどくさい小娘だなお前は。

この話結局それぞれどうなるんだっけ・・・。
あの二人はくっつくしあいつはあの子とだし。たしかあいつは女の子と付き合うようになるんだけどそれってどの子だっけ。あの子? どうやって出会うんだ? あの子の妹だった気がするんだけどそれもどこでどう出会うんだかわからん。あいつ経由? なんで? ていうかじゃああいつはどうなるんだっけ・・・。そういえばあいつも出てくるはずなんだけどどう落ち着いたのかまったく思い出せん・・・。
結構思い出せないとこがあって、普通に続きが気になります。

これ読んでた頃から、最終的には女の子とくっついてくれると結構ほっとする人間でした。結局のところ人生ってそういうもののような気がしていたんですよね。この漫画には、わたしの「人生ってこういうもの」もたくさん詰まってるように思う。というか、これに影響されてそう思うようになったのかもしれないですけど。
その後の人生結構そういえばそういうものです。よくないよ。お話に哲学や人生観を求めるのは。周りとはどんどん乖離していって結局何の解決にもならないからね。

そして、わたしの描く(描いてきた)ホモ漫画って、完全にこの人のパクリなんですね・・・! 坂沖から沖陸奥への流れなんか、どう見てもパクリですよ・・・。
と思うのはわたしだけだろうか・・・。まあいいけど。

今知ったことメモ

エースは白髭の手下。

なんて言いつつ


「アシュラ」 ジョージ秋山/幻冬舎

が、アニメ化!? しかも映画!?
誰が望んでいるんだ・・・・・・。
わたしだって、あんなの別に大画面で見たくなんかないよ・・・。DVDを借りさえするかどうか微妙なとこだよ。別に、あの絵が動く必要は全くないと思うんだけどな・・・ファンにとっては。
あえて挙げるなら、この作品が世に広まってくれることくらいかなあ・・・メリットって・・・。ファンとしては、多くの人に読んでほしい作品であることは間違いないです。

でも、
taf2010i.jpg
このイメージボードは素敵だ・・・。ほしい。この絵からだと、泣ける気配がプンプンします。
ジョージであることを忘れて見たら、もしかするとものすごく好きになれるアニメかもしれないよ・・・! アニメは、ジョージジョージしなくていいんじゃないかな。アシュラをかわいくしていいと思うよ。

ところでこのアニメ化で、もしかして週マガで特別編とかあったり・・・・・・しないか・・・。

宣う

漫画描いてるので更新滞ります。

こういうお知らせは今まで書くまいと思ってたんだけど。あのね、基本、私が何言ってもみんな「知らんがな」って返すのが当然という意識でこのブログをやっているからね。
更新しないくらいのことをわざわざ断るのはうざい(と思われる)と思ってるからね。

ちなみに、手ブロでも同様のスタンスなので、決して「ハートありがとうございます!」とか「お気に入り登録ありがとうございます!」とか、「FOについて」なんて絶対書かないと心に決めています。
しかし正直、お礼を言わないことがこれほどまでに苦しいとは思わなかった!
あ、コメントとかメッセージとか、そういう意図のハッキリしたものには返信しますよちゃんと。

そんでもってブクログ登録・整理してみました。多分一冊も漏れなく蔵書は入れたはず。興味のある方っていうか貸し借りしまくってる某さんは見といてくれると話が早いのでありがたいですよ。上の台所→軌跡からどうぞ。

〔ついでに吐き出し〕

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